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福岡高等裁判所 昭和60年(う)448号 判決

控訴人 原審弁護人

被告人 伊藤正俊

弁護人 木梨芳繁

検察官 横田尤孝

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役七月に処する。

但し、この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金一〇万円を追徴する。

原審及び当審の訴訟費用は、その二分の一を被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人木梨芳繁が差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官廣瀬哲彦が差し出した答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意一(事実誤認の主張)について

所論は、控訴趣意書自体からは必ずしも明確ではないが、原審弁論及び当審公判廷の弁論の趣旨を合わせると、原判決は、いずれも投票買収資金としての認識のもとに、被告人が単独で、同判示第一の日時、場所で、現金二〇万円の交付を受け、更に同判示第二のとおり、中村平和に対し現金一〇万円を交付したと認定しているが、真実は中村平和と共同で、同判示第一の日時、場所で、金二〇万円の交付を受け、その場で、中村と一〇万円ずつ分けたものであつて、金銭の授受に関する認定を誤つているのみならず、伊豆善也の立候補決起集会(以下、「本件決起集会」という。)に参加するための伊豆善也後援会(以下、単に「後援会」という時はこれを指す。)会員の足代とする趣旨で授受をしたものであつて、投票買収資金とする趣旨ではないから、被告人は無罪であるのに、原判示の各事実を認定したのは、証拠の取捨選択を誤り、事実を誤認したものであつて、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである(なお、事実認定についての経験則違反をいう点は、いかなる経験則に反するかを明らかにしていないところからしても、結局事実誤認の主張に尽きるものと解される。)。

所論のうち、金員授受の趣旨を争う点について。

原判決が、当事者の主張に対する判断の項において、原判示の金二〇万円が交付されるに至つた経緯及び交付の状況等について、原判決挙示の関係各証拠(被告人の検察官に対する供述調書を除く。)により、その判示にかかる1ないし8の各事実を認定し、これらの事実により、同判示の(一)ないし(四)の諸事情が認められるとしたうえ、更に、これらの諸事情を総合して、右金員が投票買収資金として交付されたものと認定したのは、右関係各証拠により正当としてこれを是認することができ、記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても、右認定に誤りがあることを窺わせる事情を見いだすことはできない。以下、所論にかんがみ、若干説明を補足する。

所論は、原判決の認定した右(一)ないし(四)の諸事情のうち、(四)の「被告人が、天野の説明に納得しなかつたにもかかわらず、金二〇万円を受領した。」とする趣旨の部分(これは結局他の状況的事実に基づく推認判断に当たる部分である。)を除いては、これらの事実を特に争う趣旨ではなく、結局のところ、これらの諸事情を総合して、投票買収資金として交付されたものとし、かつ被告人にその点の認識があつたとした原判決の認定を争う趣旨に解される。すなわち、本件決起集会に出席する予定の後援会会員に一律五〇〇円を配り、集会の行われた後に、出席しなかつた者から改めて返還を求めることはしないし、出席した者につき過不足があつても清算しないからといつて、それだけでは立候補予定者である伊豆善也に投票することの報酬として配つたとはいえず、ましてや、被告人にはそのような認識はなかつたとして争う趣旨と解される。

思うに、公職選挙法二二一条一項一号は、当選を得、若しくは得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭等を供与することを禁止しており、更に同条五号は、右の行為をさせる目的をもつて選挙運動者に対し金銭等を交付し、又は選挙運動者がその交付を受けることを禁止しているところ、選挙人に対し「当選を得しめる目的をもつて」金銭等を供与するということは、それが選挙人に対する行為である以上、「当該候補者に投票させようとする目的」のもとに金銭等を供与することにほかならないものであり、結局、供与の目的が、当該選挙人に利得をさせることによつて、その投票意思を、直接、間接に特定の候補者に向けさせようとすることにあれば足りるというべきであつて、原判決が投票買収の趣旨あるいは投票を依頼する趣旨というのも、投票することに対する直接的な報酬、対価とする場合に限る趣旨ではなく、右のように、選挙人に利得させることによりその投票意思を特定の候補者に向けさせようとする場合であれば足りる趣旨のものと解するのが相当である。

右の観点から、更に検討するに、原判決の認定した事情のうち、(一)及び(二)によると、昭和五八年四月一〇日施行の福岡県議会議員選挙に立候補を決めていた伊豆善也の選挙運動者らが、その告示直前である同年三月一三日に予定されていた本件決起集会(「伊豆善也を励ます集い」と称されていたもの)には、約三〇〇〇人もの動員が計画されていたものであり、その動員の手段として、交通費の名目で選挙人である伊豆善也後援会の多数の会員に一律五〇〇円をあらかじめ配布することにし、被告人が受領した金銭は、それに充てる資金として交付され、なお、交通費の実費との間に過不足があつても後に清算等を予定していないものであるというのであり、ましてや、関係証拠によると、右集会に出席しなかつた場合でもその返還は求めないものであることが認められるのであるから、選挙人である多数の後援会会員に対する右金員の配布をもつて単に右集会参加のための交通費の実費を支払う趣旨にとどまるものとすることはできず、殊に、右五〇〇円を受け取りながら集会に参加しない場合には、結局直接的に投票を依頼する趣旨のものとならざるをえないのであるから、その趣旨もまた含まれているものと認めるほかはない。そして、被告人においても、一律五〇〇円ずつ、事後において清算しないものとして配布するための金員であることの認識のもとにこれを受け取つていることについては、被告人が原審及び当審各公判廷でも認めるところであり、したがつて、交通費の実費支給の趣旨にとどまらないことにつき認識していたものと認めざるをえないのであり、ましてや原判示(三)のように応接室に場所を変え個別的に各地区責任者に交付していることや、同(四)のように、被告人が右金員配布が選挙違反になるのではないかとの疑問を感じて、天野に質問している状況やその後応接室で現金入りの封筒を差し出された際いつたんはその受領を辞退しているという被告人の一連の態度(これらの点から被告人が天野の説明に納得していなかつたものと認めた原判決の判断に誤りはない。)に照らし、被告人が以上のように直接的な投票依頼の趣旨も一部含まれることになることにつき認識していたこともまた、明らかであるといわなければならない。

のみならず、仮に集会参加のための交通費の実費であるとの所論の前提に立つとしても、そもそも、右集会の趣旨からしても、立候補予定者を支持する者がその自由意思により参加することが前提とされる性質の集会(告示直前にそのような集会を開くこと自体が事前運動に当たり、許されないことについては、ひとまずおく。)であることが明らかであるから、参加者は当然に自費により参加すべきであると解されるところ、選挙が間近に迫つた時期に右集会を開催し、選挙人にそのための交通費を支給することは、選挙人を右集会に参加させることによつて、その投票意思を特定の候補者へと誘引し、これを強化することを意図しているものにほかならず、そのような実費の支給自体が、集会への参加を容易ならしめ、結局その投票意思を左右することにつながるものであるから、当選を図る目的に出たものといわざるをえないものであり、かつ、その支給は、本来自ら負担すべき出捐を免れさせる意味において、当該選挙人に利得させることになるものといわなければならない。そして、被告人自身も右の交通費支給の効果については十分認識していたものと認められる。したがつて、仮に、所論のとおり交通費として配布する趣旨であるからといつて、選挙人に対するそのような金銭の配布自体がすでに公職選挙法二二一条一項一号の禁止の対象になるものであつて、その趣旨の資金の交付を受けることは、同項五号に該当するものといわなければならない。この点についての所論は、結局前提においてすでに理由がないことに帰する。なお、原審記録及び当審における事実取調の結果を検討しても、被告人の検察官に対する供述調書の任意性について、原判決がこれを肯定し、その理由について説示しているところは、すべて正当と認められ、また、所論指摘の伊藤午朗、天野昭夫、吉田直治、中村平和の検察官に対する各供述調書謄本、公判調書謄本中の証人中村平和の供述部分に証拠能力を否定すべき理由は窺われない。

所論のうち、受交付、交付の状況に関する点について

原判決は、原判示第一について、天野から金二〇万円の交付を受けた場に中村平和が同席していたことは認めながら、被告人の単独受交付の事実を認定し、その理由として、(一)中村は日の里西地区の責任者ではあつたが、自宅で商売をしていた関係で後援会の本部事務所や日の里連絡所に出る機会も少なく、天野は中村とは受交付当日である二月二四日が初対面であり、伊藤午朗も中村が日の里西地区の責任者であることに疑問をもつ状態であつたのに対し、被告人が本部事務所との連絡も一手に引き受け本部事務所での会合にもよく出席し、同地区を事実上代表しているように見られていたこと、(二)現に、受交付当日である二月二四日に行われた定例会でも被告人が日の里地区を代表して発言し、日の里地区分の金二〇万円についても同席している中村の意向を聞くことなく被告人が受領していること、(三)その後三月初旬ころまでの間、被告人が右金二〇万円を保管し、三月初旬ころ自己の一存で右二〇万円を折半し、内一〇万円を中村に渡したものであつて、他方、中村は日の里西地区分の交付を被告人に求めるようなこともしていないことなどの事実を挙げている。

しかし、原審及び当審において取り調べた関係証拠によると、確かに被告人の方が、中村より主体的に活動し、日の里地区を代表して発言したりしていたことは認められるが、被告人は日の里東地区の代表者であり、中村は同西地区の代表者であつて、本来対等の立場にある者と認められるうえ、中村が当時毎週後援会本部で行われていた定例会に欠席がちであつたことはなく、ほとんど出席しており、日の里連絡所にも毎日のように出ていたこと(当審公判調書中の証人中村平和の供述部分によつても、そのように認められる。)、したがつて、天野が当日中村と初対面であるということはあり得ないし、伊藤午朗も中村が同西地区の代表者であることについて疑問をもつ状態にはないことが認められ、原審公判調書中の証人天野及び同伊藤午朗の各供述部分等の右認定に反する部分は、天野らの後援会幹部及び被告人、中村らが選挙違反事件の犠牲者をできるだけ少なくするためにした通謀に基づいて捜査段階で供述されたことを、なお公判段階でも維持しようとして供述されたものである疑いが濃く、いずれも信用できないというべきである。更に、右各証拠によると、被告人が中村に金一〇万円を交付した時期につき、原判決が認定するように三月初旬ころとするのは、多数の者に右金員を配布することが予定されており、しかも三月一三日に予定されている集会への交通費の名目により配布する以上は時期的に見ていたずらに遷延することなく直ちに配布にかからなければならない状況にあつたと考えられることに照らし、遅きに過ぎると思われるのみならず、当審公判調書中の証人中村の供述部分によると、右時期についての、捜査段階における二月二八日ころ、あるいは公判段階における三月初旬ころというのは、いずれも事実でなく、受交付の翌日ころ、すなわち、二月二五日ころであつた旨供述を変更するに至つていること、関係証拠によると、被告人の担当する東地区の分についての両替を中村にしてもらつた日は、受交付の翌日と認められ、そのこととの関係から考えても、西地区の分も右両替のなされたころまでに中村に渡されていたものと見るのが自然であること、他方、被告人は、捜査段階では二月二八日ころと述べていたが、前記のような通謀に従つてそのように述べたもので、真実は、本部事務所の応接室で受領後、廊下に出て直ちに、各一〇万円ずつ分け合つたというのであり、原審以来一貫してその旨供述していることが、それぞれ認められるのであつて、以上の点からすると、被告人の右弁解を虚偽であるとして否定し去ることは困難であるし、少なくとも中村の当審証言によつても、中村に対する一〇万円の交付はその翌日ということになるのであり、したがつて、西地区の分が三月初旬まで被告人の手もとに留め置かれていたという原判決の認定事実についても、これを認めることはできないものといわなければならない。してみると、被告人は日の里東地区を代表する者として、中村は同西地区を代表するものとして、呼び入れられ、被告人及び中村が共同して、天野らから日の里地区全体の分として金二〇万円の交付を受けたが、直接手渡されたのは被告人であつたに過ぎないものと認めるのが相当であり、しかも、その直後、被告人の弁解するように本部事務所内で東地区分及び西地区分としてそれぞれ一〇万円ずつ分け合つた疑いがあり、遅くとも翌日までには分配を済ませているものと認められ、原審第八回及び第九回各公判調書中の証人中村の供述部分、被告人中村平和ほか四名に対する公職選挙法違反被告事件第四回及び第六回各公判調書中の被告人中村の供述部分謄本、中村の検察官に対する供述調書謄本、被告人の検察官に対する同月一一日付供述調書、原審第七回公判調書中の証人伊藤午朗の供述部分、同人の検察官に対する同月一二日付供述調書謄本、原審第一〇回公判調書中の証人吉田直治の供述部分、同人の検察官に対する同月一一日付供述調書謄本、原審第五回公判調書中の証人天野昭夫の供述部分、同人の検察官に対する同月二五日付供述調書謄本中の、以上の認定に沿わない各部分は、その余の関係証拠に照らしていずれも信用できない。なお付言するに、被告人の単独による受交付事実の起訴は、被告人が天野らから金二〇万円の交付を受けた際、中村が同席していた事実がないことを前提としてなされたものであることが、原審で取り調べられているところの捜査段階で作成された関係供述調書に照らして明らかであり(中村同席の事実を供述していたものとしては、伊藤午朗の検察官に対する昭和五八年五月一日付供述調書謄本があるのみであるが、他に、これを肯定する証拠はなく、被告人も、中村も、捜査段階で作成された供述調書においてはいずれもこの事実を否定していた。)、また、日の里地区と同様に受領の際複数の者が在席した自由が丘地区の場合には、その場に在席した五名共同で受領したものとして起訴がなされその旨の認定がされていることも、関係証拠上明らかである。

それ故、被告人は、中村と共同して、天野らから金二〇万円の交付を受けたものと認められるが、そうである以上、その後の中村との間における一〇万円の授受については、独立した犯罪を構成せず罪とならないものといわなければならない。これは、共謀者間における金銭の授受ではなく、共同受領にかかる金銭の分配にほかならないからである。すなわち、共謀者間であつても、もともとそのうちの特定人の占有に属する金銭を交付することは、占有を移転するものとして交付罪を構成するが、本件受交付にかかる金銭は、これと異なり、共同占有であるか、あるいは共同受領したものを一時一方において便宜保管しているに過ぎないものと見るべきものであり、これを分配して各自の占有に移すことをもつて交付受交付の行為に当たるとすることはできないからである。したがつて、以上と異なる各事実を認定したうえ、原判示第一及び第二の各事実を認定した原判決には事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

なお、職権により調査するに、原判決の当事者の主張に対する判断において認定された事実によると、少なくとも天野らと被告人との間に日の里地区の後援会会員に対し、一人当たり金五〇〇円を配布する旨の共謀が成立していたことが明らかであり、その趣旨に沿つてまず被告人が天野らから金二〇万円の交付を受けた事実を認定し、その後、同判示第二のとおり、被告人が中村に対し、同趣旨のもとに右金二〇万円のうちの金一〇万円の交付をしたとの事実を認定しているところ、受交付にかかる金員の一部(同一性のある一部)が当初の共謀の趣旨に従い更に供与または交付された場合には、その部分の受交付罪については後の供与罪または交付罪に吸収され、残部についての受交付罪と後の供与罪または交付罪とが併合罪となるとするのが判例であり(最高裁判所昭和四〇年(あ)第一五四一号同四一年七月一三日大法廷判決・刑集二〇巻六号六二三頁、昭和四一年(あ)第一七〇九号同四三年三月二一日第一小法廷判決・刑集二二巻三号九五頁、なお、昭和四三年(あ)第二三四七号同四五年一一月二〇日第二小法廷決定・刑集二四巻一二号一六四七頁参照)、当裁判所もこれに従うのが相当であると考える。したがつて、原判示第二のとおり一〇万円の交付罪を認定しながら、同第一について、残額の金一〇万円でなく金二〇万円全額の受交付罪の成立を認めたのは、公職選挙法二二一条一項五号の定める交付罪及び受交付罪の解釈、適用を誤つた違法があるものといわなければならず、原判決はすでにこの点において破棄を免れないものである。

さらに、職権により調査するに、原判決は、同判示第一により交付を受けた利益として、検察庁で領置保管されている金一〇万円を没収しているところ、関係証拠によると、被告人が手許に留どめていた金一〇万円(中村により両替されたもの)のうちの一部については、本件決起集会の当日、日の里地区の後援会会員を会場に運んだマイクロバスの借り賃として支払つて費消しており、その部分については後に埋め合わせていることが認められ、また他の一部は、町内会長にいつたん配布しまもなく同額の返還を受けていることが認められるのであるが、その返還にかかる金員が配布した金員と同一であるか否かが明らかでないのであつて、結局、右領置保管にかかる金一〇万円は、天野らから交付を受けた金員そのもの(両替されたものを含む。大審院大正七年三月二七日判決・刑録二四輯二四八頁)ではなく、一部他の金員と混同しているものといわなければならない。したがつて、右一〇万円は、これを没収することはできず、同額を追徴すべきものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用の誤りがあるものとして、この点においても破棄を免れない。

以上のとおり、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認及び法令適用の誤りがあるから、その余の控訴趣意(量刑不当)につき判断するまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。

そして、右に見たとおり、公訴事実第一の被告人の単独受交付及び同第二の交付の訴因(原審段階で示された二月二八日ころ及び三月初旬ころの主位的・予備的各訴因の双方共)につき有罪と認めることはできないことに帰するところ、当裁判所は、第六回公判期日において、公訴事実第一の訴因(天野らからの二〇万円の単独受交付)のみに対するものとしてではなく、右訴因及びこれと併合罪関係にある同第二の訴因(中村に対する一〇万円の交付、主たる訴因はその時期を二月二八日ころとするもの、予備的訴因はこれを三月初旬ころとするもの)の両訴因に対する一個の予備的訴因として、中村と共同して、天野らから二〇万円の交付を受けたとの訴因(二〇万円の共同受交付)を予備的に追加する旨の検察官から予備的訴因の迫加の請求に対し、これを許可する決定をしたが、このような予備的訴因の追加が許されるとしてこれを許可した理由については、以下のとおりである。すなわち、公職選挙法に定める金銭供与を共謀した者の間において金銭の交付、受交付がなされた後、その一部が共謀に従い供与された場合または更に交付された場合には、すでに成立した交付、受交付罪のうち後に供与または交付された金銭の部分については、後の供与罪または交付罪(以下、便宜上「乙罪」という。)に吸収され、残部についての交付、受交付罪(以下、便宜上「甲罪」という。)と併合罪の関係に立つとするのが、前叙のとおり最高裁判所の判例であつて、この前提に立つ以上は、少なくとも同一性のある金員が後の供与または交付に使用されている限り(前記最高裁判所昭和四五年一一月二〇日第二小法廷決定、なお、昭和六一年(あ)第一六〇号同年七月一七日第一小法廷決定参照)、その金額が増加するにつれ、乙罪の成立範囲が拡張されるとともに、それに吸収される分だけ甲罪として認定できる部分が縮小されるという関係に立ち、その極限である全額が供与または交付された場合には、乙罪のみが成立するという特殊な相互関係が形成されているものと考えられる(なお、右の関係は、乙罪が起訴されている限りにおいて生ずるものであり、乙罪の起訴がない以上は、全額につき甲罪の成立を認定できることも最高裁判所の判例とするところと解される。最高裁判所昭和五八年(あ)第九〇九号同五九年一月二七日第一小法廷決定・刑集三八巻一号一三六頁)。したがつて、たとえば、当初、交付を受けていた金員全額につき受交付罪の訴因(全額甲罪)により起訴したが、後になつて、その全部が更に供与されていた事実が判明した場合に、右訴因を後の供与罪(全額乙罪)に訴因を変更することができるし、その逆も可能であることは当然であるが、これと同様に、後の供与または交付が受交付金員の一部にとどまつている場合(一部乙罪)においても、訴因変更の方法により、その部分を前の受交付の訴因に変更することも可能であるとしなければならず(前記最高裁判所昭和四一年七月一三日大法廷判決中、予備的訴因追加に関する判示部分参照)、ただ、その場合にはすでに訴因とされている受交付罪の部分(残額甲罪)と一罪になるので、これを合わせて全額についての受交付罪の訴因(全額甲罪)にすることになるだけのことと考えられる。このことは、乙罪が証明がなくあるいは罪とならないという理由で無罪とされても、それに対応する部分はその前段階のより軽い罪が成立することにより、罪数的にはともかくとして、有罪の認定をされていることに変わりはないのであるから、乙罪に対応する部分につき結局一部有罪の判断(縮小認定)がされるのと同視できることからも、理解できるところである(すなわち、乙罪がもともと甲罪と併合罪の関係に立つからといつて、乙罪が証明できずあるいは罪とならないため無罪とされる場合に、その部分が同時に起訴された甲罪の一部として有罪とされる関係にある以上、乙罪につき主文で無罪を言い渡すべきではないと解されるのである。なお、前記の最高裁判所昭和四三年三月二一日第一小法廷判決の事案は、乙罪にあたる部分につき主文で無罪の言渡がなされ、その部分のみ上訴がなく確定したため、その既判力が有罪部分の一部に及んだとされた事案である。)。もつとも、本件では、二〇万円の交付を受け、そのうちの一〇万円を交付したとする事実関係に基づく起訴であるのに、一〇万円の「一部乙罪」の訴因による起訴をしながら、同時にその残額の一〇万円ではなく全額である二〇万円の「全額甲罪」の訴因による起訴もしているのであるが、この点は、交付、受交付罪についての解釈、適用の誤りに起因するに過ぎないものであるから、このことにより予備的訴因追加の可否自体まで左右されるものではないと解するのが相当である。右のように考えると、本件において検察官が請求したとおり、公訴事実第一及び第二の訴因を合わせたものに対する一個の予備的訴因の追加という方法によるのが、予備的訴因追加の請求の仕方としてむしろ正当であると考えられるのである。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当審において追加された予備的訴因に従い、更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五八年四月一〇日施行の福岡県議会議員選挙に際し、宗像市選挙区から立候補した伊豆善也の後援会日の里東地区の代表者として同人の選挙運動者であつたものであるが、同じく同後援会日の里西地区の代表者として右伊豆の選挙運動者であつた中村平和と共同して、同年二月二四日、福岡県宗像市大字東郷一一六九番地所在の伊豆善也後援会事務所において、右伊豆の選挙運動者である天野昭夫らから、同人らが右伊豆に当選を得させる目的で被告人らから同選挙区の選挙人である日の里地区後援会会員らに対し供与すべき投票買収資金として手交するものであることを知りながら、現金二〇万円の交付を受けたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、公職選挙法二二一条一項五号、一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役七月に処し、情状により、刑法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予することとし、なお、被告人は中村と共同で交付を受けた現金二〇万円につき中村と一〇万円ずつ分け合つたもので、被告人のもとにとどめられた金一〇万円を没収または追徴することになるが、被告人が交付を受けたものとして福岡地方検察庁に保管中の現金一〇万円(昭和五八年福岡地検領第一二三三号符号一六四号)は、その大部分が判示受交付罪で交付を受けた金員を両替したものではあるが、一部他の金員が混入していて、本件により交付を受けて両替した金員と、混入した金員とが混同し、両者を区別することができない状態にあり、結局これを没収することができないから、公職選挙法二二四条後段により、右交付を受けた利益である金一〇万円を被告人から追徴し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文により、その二分の一を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井登志彦 裁判官 小出じゅん一 裁判官 谷敏行)

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